2023.03.01

日常のおすそわけ、今・ここを残す遊び。ローカルレコーディングレーベル「NOW HERE」の3人を追ってみる。

クリエイティブ NOW HERE(壱岐成太郎・大塚隼輝・橋本優)
日常のおすそわけ、今・ここを残す遊び。ローカルレコーディングレーベル「NOW HERE」の3人を追ってみる。

過去を懐かしんだり、未来に胸膨らませたり。

想像力を働かせれば、人間は時間を超えて自由に旅することができる。

それでも、自分が今・この瞬間を生きているという事実は変わりません。見方を変えると、どんな歴史上の人物も、その時代ごとに「今・ここ」を生きてきたとも言えます。

焼き物の産地としての長い歴史を抱える有田町。その大きな物語の背景には、ささやかで何気ない、けれども力強い日常があります。

今回紹介するのは、そんな有田の「今・ここ」をさまざまな形で残すローカルレコーディングレーベル「NOW HERE」。2021年に地域おこし協力隊で写真家の壱岐成太郎さんを中心に発足し、有田まちづくり公社の大塚隼輝さん、NPO法人灯す屋の橋本優さんが加わって現在の形になりました。

 

〜3人のプロフィール〜


壱岐成太郎(いき・せいたろう)有田町地域おこし協力隊 ローカルフォトグラファー
写真家。10代の頃、ピストバイクを通じて起こる街での出会いをテーマに写真を始める。現在は有田の工芸と自然に魅せられつつ、生きること、暮らすことに焦点を当てた撮影を行なっている。地元の記録から始まる何かを求めてローカルレコーディングプロジェクト 「NOW HERE」を主宰。


大塚隼輝(おおつか・としき)株式会社有田まちづくり公社
大学卒業後、2015年に有田に移住。無口でちょっと変わった性格。好きなものは読書と音楽。最近の休日はVRをして過ごす。


橋本 優(はしもと まさる)特定非営利活動法人 灯す屋 副代表理事
栃木県宇都宮市出身。大学卒業後、家具メーカーで勤務。2016年、妻の地元・佐賀県大町町に移住。地域おこし協力隊として、空き家活用・改修に従事。2018年より有田に暮らしの拠点を移し、NPO法人灯す屋理事に就任。空き家に住む人、移住者など新たなチャレンジをする人とともに、デザイン&DIYで暮らしをつくる活動を行う。

 

有田の山をテーマにした展示や、陶土屋の工程を追った映像や冊子の制作など。地元の人にとって、身近にありながら知らなかったことや見過ごしてきたものに光を当て、自分たちのフィルターを通して発表しています。

有田町が地元というわけでもない3人は、なぜこのまちの日常を記録するのか。その先に、何を見ているのか。話を聞きました。

 

まず向かったのは、有田のうなぎ専門店「味」。壱岐さんが移住して間もないころから通っている行きつけの店なのだとか。

取材陣とNOW HEREの3人で、まずは腹ごしらえ。

壱岐:ぼくは出身が宮崎県の高千穂ってところなんですけど、この店の表に宮崎県産のうなぎって書いてあって、立ち寄ったらいろんな話を聞かせてくれて。お世話になってるんです。

ランチのうな丼は880円。追加のタレをたっぷりかけてもおいしい。

 

壱岐:あー、うま。何回食べてもうまいな。肝吸いがついてくるのもありがたいんですよ。

 

大塚:NOW HEREの目標は、ここで腹いっぱい食べることなんです。

 

壱岐:いつかこの3300円のうなぎ定食を、「今日は食べていいよな。おれたち、こんだけやったしな」って頼むのが目標。

 

橋本:まだ食えない?

 

壱岐:まだ食えない(笑)。個人として食べるのはいいけど、NOW HEREとしては。

巻き込み、巻き込まれて、今・ここへ

 

お腹も心も満たされたところで、3人が活動拠点にしている春陽堂へ。

 

――:壱岐さんは宮崎県高千穂の出身なんですよね。どうして有田へ?

 

壱岐:ええと、自分は福岡で自転車をしながら写真をはじめたんです。最初は周りの仲間たちを撮るところから写真をはじめて。

あるとき、自分の不注意で、事故で足を怪我してですね。自転車にあまり本気で乗れない感じになってしまって。どうしようかなと思っていたときに、有田町の地域おこし協力隊でローカルフォトグラファーを募集していることを仲間が教えてくれたんです。それがきっかけです。

 

――:移住してきたのは。

 

壱岐:1年9ヶ月前ですね。ちょうど今ぐらいのころに面接で来ていて、そのときはまだ杖ついて歩いてました。

 

――:NOW HEREとして活動をはじめたのは?

 

大塚:もともと成太郎がしたいって言って、最初からロゴも決めてたよね。

 

壱岐:なんか、ノリで(笑)。隼輝は自分にとって有田で最初の友だちで、有田のこともいっぱい知っていたし、遊びながら教えてもらうことが多かった。全然知らない街を知っていく過程っておもしろいので、ローカルレコーディングみたいなことができたらいいなーとは思っていたんです。

「NOW HERE」って安易な名前なんやけど、どう思う?みたいな話もした気がします。

 

――:大塚さんは、どう思いました?

 

大塚:いや、ちょっと安易な名前だなと思いました(笑)。今はしっくりしていいなと思います。先見の明があった。

 

――:活動は、具体的にはどんなことからスタートしたんでしょうか。

 

壱岐:一番最初にやったのは、福岡の写真展ですね。写真の友だちに「出してよ」って言われて。有田に引っ越したばっかだし、有田で撮った写真を展示しよう、みたいな。そこからNOW HEREっていう名前を使いはじめたかなって思います。

 

――:最初は壱岐さんひとりのプロジェクトとしてはじまって、そこに大塚さんが加わって。

 

壱岐:有田の山をテーマにした展示をふたりで、ここ(春陽堂)で。うちやま百貨店のときにさせてもらったのが最初ですね。

 

大塚:その前の夏ぐらいに、「一緒にNOW HEREやってくれん?」って告られました。

 

壱岐:告りました。はい。もともと文章とかを書いちょるのを見してくれたりしとって。すげえいいなって思って誘ったんです。

 

――:そこへ今度は、橋本さんが加わったんですね。

 

橋本:去年の春ぐらいから、NOW HEREとは別の仕事で成太郎に写真を頼むことが増えたんですよ。それまでNOW HEREがやっていたことを見て、人の懐に一歩踏み込んでいけるのがすごいなと思っていたので、そういうところで力を借りられたらと思って。

話してみたら、なんていうのかな。学生時代ならきっと友だちになってなかったんだけど、考えてることは似ていて、その表現のしかたが違うだけ。“バイブス”とか、ぼくは普段そういう言葉は使わないんですけど。

 

壱岐:最近ははっしーさんも使ってる。

 

橋本:そうね、染まってきてる(笑)。一緒に仕事をしているうちに、いつのまにか巻き込まれていました。

 

効率もよくないし、ぶつかる、だから楽しい

 

昨年11月には、うちやま百貨店のなかで、器の材料となる陶土に焦点を当てた展示を開催。有田の陶土屋「田島商店」への取材をもとに、実際に使われる道具を並べたり、そこに詩が添えられていたり、工程を追った映像や冊子があったり。見応えたっぷりの内容となった。

そのなかでも、冊子の制作がかなり大変だったとか。

 

壱岐:印刷会社に紙を選びに行って、紙が届いて、家庭用プリンターでひたすらプリントしまくって。シルクスクリーンの版つくって、刷って、製本して、みたいな感じで。死ぬかと思ったっすね。

 

大塚:仕事終わりに朝3時まで作業して、また仕事に行くという(笑)。

 

橋本:わざわざ手刷りにしたのは、陶土ができる過程を見せてもらったときに、機械と人間が連動してものができていく感じだったので。プリンターさんにがんばってもらいつつも、ぼくらも手刷りして、最後手でホッチキス留めしてつくるとか。自分たちの労働をあえて入れたかったんですよね。

壱岐:基本的には遊びっていうか。その人目線で楽しんで、表現したり発信したりを繰り返すのが楽しいかなと思います。でも、できるものに関しては、アホやなって思われるぐらい、自分たちでつくったなって思えるいいものにしたい。非効率ですけどね。

 

――:話を聞いていると、成太郎さんの「こうしたい」という想いが、NOW HEREの原動力になっているように感じます。

一方で、大塚さんと橋本さんにとっては、この活動に関わるモチベーションはどこにあるんですか?

 

大塚:ぼくはもともと、大学のときにバンドをやっていて、複数人で何かをやるのは好きだったんです。有田にいてもなかなかそういう機会はないので、単純に楽しいっていうのがモチベーションのひとつとしてありますかね。

自由に表現できて、受け止めてくれるふたりがいて。それはありがたいです。

 

橋本:ぼくの場合は、4〜5年有田にいるけど、有田とか有田焼について知らないことがたくさんあるなと思って。自分よりあとに来た成太郎がどんどん地域に入っていってるのを見て、この機会にぼくももう一歩踏み込みたいなと思ったんです。せっかく今この場所にいるから、ここでしか見れないものを見たり、今しかつくれないものを一緒につくったりしたいなと思って、ちょっと無理して入ったという感じですね。

 

――:複数人で取り組むと、幅が広がることもあれば、お互いの意志がぶつかることもありそうな気がします。

 

壱岐:3人でやってるから、必ずしも自分の思ったようにはならないんです。

壱岐:隼輝に頼んでいたことが、自分の思ったような感じにならなかったときに、おれもめちゃくちゃ疲れてて、冷静じゃないところもあって。うまく受け止められなくて、キレさせて、それをあとで謝る。よくよく考えたらあれは俺が間違っとった、みたいな。夜中の2時半とかになると、みんなピリピリしてるよね(笑)。

 

大塚:この冊子も、意図してつくろうとしたものじゃないというか。3人それぞれが自由につくったものをもとにして、気づいたらできてた、みたいな印象があるんですね。それがめっちゃよかったなと思って。

3月上旬にまた冊子をつくるんですけど、その感覚を追い求めて、懲りずに続けている感じはあります。

 

答えは、何気ない日常にあったりもする

 

――:これからNOW HEREとして、どんなことをやりたいですか? 個人的な野望でもいいです。

 

大塚:個人的には、3Dとか、ARとかVRを使って表現することをやれたらいいなと思っていますね。

 

壱岐:最高。

 

大塚:今一番やりたいのはARで、スマホをかざしたら、AIでつくったイラストがこのまちなみのなかに現れる、とか。ちゃんと有田をテーマにしながら、めっちゃでかい顔が浮かぶような、サイケデリックな感じのどぎつい演出をしたい。

 

壱岐:…みたいなことをつくってる過程で言ってくれるので、宇宙と会話してるような感じで楽しいんですよ。これをどうやって伝えたらいいのかな、みたいな。

――:橋本さんは?

 

橋本:ぼくが一個やりたいのは、身近にある植物とか拾ったものを載せていける図鑑をつくりたいと思っていて。それってぼくらだけじゃなくて、誰でもできることだと思うので。もうちょっと身の回りのことをみんなで愛でられるような、きっかけづくりができたらいいなと思っています。

 

壱岐:植物と焼き物の絵柄を照らし合わせられる図鑑もいいなって思うんですよね。絵柄って、自然からインスピレーションを受けて決めてると思うから。

 

大塚:3人で思っているのは、伝統とは何か?日本とは何か?っていうことについて、フィールドワークで素材を集めて、取っ替え引っ替え組み合わせを変えて遊ぶことで探していく、っていうのが方針です。

 

――:足元に転がるものから、日本や伝統を想う。あらためて、自由研究のような、本気の遊びのような、一言で形容しがたい活動ですね。

――:ちなみに、これまで活動してきたなかで、とくに印象に残っていることってありますか。

 

壱岐:いくつもあるけど…。パッと出てきたのは、すぐそこにギャラリーラハイムっていうギャラリーがあって。敏生さんっていう作家さんがいるんですね。焼き物とか絵をやる人なんですけど、作品を見たときに、すごくいいなと思って。

はじめて工房に行ったとき、敏生さんがコーヒーを淹れてくれて。きみも絵を描くの?みたいな感じで言われたんです。それが最初の会話だったと思うんですけど。

そのときにおれが、「いや、絵は好きなんですけど、うまくなくて。どっちかって言うと写真とか映像が好きでずっとやってます。それでこっちに引っ越してきました」みたいに言ったときに、ピクってなって、バッて振り向いて。「今お前なんて言った?」みたいに言われて。え?ってなって。「絵は好きだけどあまりうまくなくて…」「いやそこだよ。なんでそんなこと言うの?」って。

「人生はめちゃくちゃ短い。一瞬一瞬の連鎖でしかなくて、そのなかで自分が自分のイメージで、うまくないとか、マイナスなこと考えてる暇ってなくない? そんなこと、言葉で言う意味ってなくない? で、なんて?」って言われて、「あ、絵は好きです」「そういうことだよね。じゃあコーヒー飲もうか」みたいにはじまったとき、この人やっばー、かっけー、みたいな。

――:しびれますね。

 

壱岐:敏生さんは60何歳なんですけど、今でも週に2回ぐらい絵の教室に通ってるんです。フランスの博物館に焼き物を買いとらせてくださいとか言われて、焼き物の評価もちゃんと得てるんですよね。有田国際陶磁器展でも大賞をとったりしてて。それでも、いまだに上手くなりたいと思ってる。

有田って、そういうことをさらっと言ってくれる人が多いんですよ。道端で起こる会話とか、何気ない風景のなかに大事なことが転がっていて、それに気づけるかどうかはこっちにかかってる、みたいな。

それを一つひとつ拾っていきたいなっていう気持ちはありますね。

 

やさしさも厳しさも、出し合えたらいい

 

現在は3人で活動しているNOW HERE。今後さらにいろんな人を巻き込みながら、一緒に話したり、感じたり、表現したりすることを楽しめるような活動体にしていきたいという。

NOW HEREを通じて、どんな未来をつくっていきたいのか。最後に、3人にとってのおもしろい未来について、聞いてみた。

 

大塚:大きく言えば、世界平和。みんながみんな、ちゃんと自分の心からやりたいことをやって、いい感じにバイブス合わせてつながる未来が、一番おもしろい未来かなってことは考えています。

 

橋本:みんなそれぞれ違うとわかっているからこそ、自分の意見を出したときに、それが否定されても肯定されてもいいっていう安心が得られると思うんです。

だから、まず人はそれぞれ違うと理解すること。そのうえで、自分の知らないことにどんどん出会って、追求して、自分なりに形にすること。その繰り返しを楽しめるのが、ぼくにとってのおもしろい未来かなと思います。

 

壱岐:自分自身に正直で素直であり続けたい。それは自分ひとりの心がけも大事だし、隣で正直であろう、がんばろうって思ってる友だちとか仲間がいると、馴れ合いじゃなく、お互いに愛を持って言いたいことを言える感じがするので。そういう日々が過ごせれば、それはおもしろい未来かなって自分的には思ってます。

みんなでお互いにやさしさとか厳しさとか、魅力とか。思い切って出し合えるようになればいいなと思いますね。取り繕ったような平和よりは、身のまわりからそういうことを感じ合えたらいい、かなあ。

 

3人にインタビューをしていると、有田の日常の話を聞いているはずが、いつしか世界とか宇宙とか、大きな話に広がっていくのが印象的でした。

その姿は、少年たちが目を輝かせながら、互いの夢を語り合っているようにも見えました。今・ここから出発して、どこへ向かっていくのか。NOW HEREの3人の旅路を、今後もまた追ってみたいと思います。

 

文章:中川晃輔

写真:野田尚之

 

展示情報

2023年3月1日(水)〜3月14日(火)

博多阪急7階ステージ7-2

井上祐希 今、現時展にて、 有田を歩くことで生まれた心象風景を表現した冊子「WALK WALK WALK」を展示販売予定。

NOW HERE(壱岐成太郎・大塚隼輝・橋本優)のプロフィール

有田のローカルレコーディングレーベル。