やさしくなりたい。
それは、多くの人が望むことの一つだと思う。
でも、どうやって? やさしさって、何?
考えるほど、わからなくなるときもある。人によってやさしさの形が違うことで、ボタンのかけ違いが起きてしまうことも。
ぐるぐると考えをめぐらせるなか、「伝統は人をやさしくする」という考え方を教えてくれたのが、和える代表の矢島里佳さんだった。
滑らかに磨き上げられた木の肌触り。ふわりと空間を包むお香のかおり。
触れたり、嗅いだり、味わったり。丁寧につくられたものは、五感を通じて人に働きかける。ぎゅうっと凝り固まりがちな思考や感覚に余白を生み、その余白が、やさしくあることを助けてくれる。
そんな「伝統」の力を信じて、矢島さんは大学4年時に株式会社和えるを設立。“0歳からの伝統ブランドaeru”をはじめ、空間づくりや教育事業、里山利活用など、「〇〇×伝統」をテーマにさまざまな事業を展開してきた。
今回は、2014年から始まったリブランディングの取り組みを中心に、矢島さんが今考えていること、これから目指したい未来について、オンラインで話を聞きました。聞き手は、有田町から車でおよそ30分の長崎県東彼杵町に住む、ご近所ライターの中川です。
やさしさの波紋を、より多くの人に広げていくには、自分に何ができるだろう? そんな想像も膨らませながら読んでみてください。
美しい社会で生きていたい
千葉県のベッドタウンで育った矢島さん。
中高時代は茶華道部に入り、茶室では伝統工芸品に囲まれて過ごした。一方、日常ではなかなかそうしたものに触れる機会がなかったという。
職人の手仕事や伝統にグッと惹かれるようになったのは、19歳のとき。
「職人さんと出逢って、漆のお箸を使って食べるご飯っておいしいな、と気づきました。日本に生まれ育ったのに、日常のなかで伝統に出逢えなかったのはなぜだろう?という素朴な疑問が、そこで生まれたのです」
日本の伝統を次世代につないでいきたい。
その想いから、全国の産地を取材して回った。将来はジャーナリストとして、つくり手の想いや伝統の価値を伝えていきたいと思っていたそう。
そこからなぜ、起業に至ったのだろう。
「日本の伝統を専門に伝えるジャーナリストになりたいと思ったのですが、就職先が見つからなかったのです。特に、赤ちゃんのころから伝統に触れる機会を生み出したいと考えていました。当時わたしが探した限りでは、そういう会社は見つかりませんでした。また、赤ちゃんや子供たちに伝えるのであれば、言葉よりも物を介しての方が伝わりやすいのでは?と考えました。そこで、自分が本当にやりたい仕事ができる場所づくりから始めた、という感覚です」
2011年に会社を立ち上げ、まず始めたのは、“0歳からの伝統ブランドaeru”。
本藍染の産着やタオル、手漉き和紙のボールや、こぼしにくい形状のコップ、漆塗りや陶磁器のこぼしにくい器など、全国の職人とともにオリジナルの日用品を開発。
出産お祝いや、お誕生お祝い、クリスマスプレゼントなど、子どもたちへ贈り物をする文化に対して、“日本を送る”提案をしていった。
オンラインショップから始まり、東京と京都に直営店をオープン。赤ちゃんから大人まで使い続けられるものをつくり、届けてきた。
さらには、伝統を取り入れたホテルやオフィス、住宅などの空間プロデュースや、伝統に触れる学びの場づくりや研修の企画。職人の技を活かした商品開発やノベルティーの制作、割れてしまった器のお直しや、素材のふるさとである里山利活用まで。
「伝統」とのかけ算で、事業の幅を次々と広げている。
「一番の願いは、美しい社会で生きていたい、ただそれだけなんですよね」
美しい社会で生きていたい。
「そのためには、やさしい人、やさしい会社を増やしたいなと思っていて。伝統は、触れた人に豊かな体験をもたらしてくれる。やさしい人を増やす具体的な手法として、『〇〇×伝統』でいろんな取り組みをしているのが、わたしたち和えるなのです」
リブランディングは仲間づくり
多岐にわたる事業のなかで、2014年にスタートしたのが伴奏型リブランディング支援事業“aeru re-branding”。
自社のブランドをあらためて見つめ直したい、新たな一歩を踏み出したいという地域の中小企業に伴走し、想いの言語化を手伝い、経営哲学や商品・サービスに落とし込んでいく。
「最初は、福井の鯖江でメガネをつくっているマコト眼鏡という会社さんからお声がけいただいたのがきっかけでした。自社ブランドが15周年を迎えるにあたって、今一度ブランドを見つめ直したいというお話から始まりました」
OEMが一般的だった2000年当時に、ファクトリーブランドを立ち上げたマコト眼鏡。セルロイドという、扱いにくくも美しい素材にこだわり、自社発信のものづくりを続けてきた。
また、現代表は、国産メガネフレームの9割以上のシェアを占める鯖江にメガネの製造技術を持ち込んだ、増永五左衛門のひ孫にあたる。
話を聞いていくうちに、革新的な挑戦を続けながら、この土地のメガネ産業のルーツにも深く関わっている会社の姿が見えてきた。
「こうしたら売れますよ、というような話ではないのですよね。どういう人に愛されてきたのか、その人たちに向けて届けるなら、どんなものがいいのか。壁打ちをしながら、その方たちが潜在的に大切にしてきたことを引き出して、よりストレートに伝わる言葉や表現を一緒に見つけていく、と言ったらいいですかね」
自ずと、単年ではなく、継続的な関わりになってゆく。
展示会の企画を一緒に考えたり、新商品の開発時に、哲学がぶれていないか一緒に考えたり。これまで8年にわたって伴走してきたなかで、年々必要のない無駄が削ぎ落とされている、と矢島さん。
直接的に売上の話はしないとのことだったけれど、マコト眼鏡はリブランディングを経て、結果的に売上や取扱店数は上がり、展示会の経費を4分の1まで削減できたそう。ブランドの軸が通ったことで、大規模な展示会で周知する方法から、お得意さんや熱意あるメガネ店だけに絞った展示会へと舵を切れたのだとか。
これまでリブランディングで関わってきた企業は、親子三世代に愛されるお蕎麦屋さん、大切な日を彩る贈答用のメロン屋さん、地域で一番の老舗旅館など幅広い。必ずしも、伝統産業のつくり手だけが対象ではないという。
「哲学を持っている企業さん、社長さんとご一緒することが多いですね。その企業がなくなると、地域の大事な伝統がなくなってしまう。そういう方々だからこそ、わたしたちのリブランディングに共鳴してお声かけいただいているのかなと思います」
じつは灯す屋も、今まさにリブランディングの真っ最中。昨年の夏から、月に2回、1時間半ほどの対話を矢島さんと交わしてきた。
矢島さんの目から見て、灯す屋のリブランディングはどんなふうに映っていますか?
「最初に代表の佐々木さんから相談を受けたとき、もう少しみなさん考えがバラバラなのかと思ったんですよ。でも対話していくと、バックグラウンドや得意分野の違いから、いい意味での多様性はありながら、目指している未来は一緒だということをすぐに感じました」
「灯す屋さんの周りには、ゴキゲンな大人たちが集まって、持ち寄ったものが和えられていく。だから、いろんな課題が自然と解決していく。その背中を見ながら、子どもたちもゴキゲンに育つ。中間支援組織というよりは、自分たちのワクワクに参加しない?という姿勢のように感じます。まさに灯しているんですよね」
インタビューに同席していた理事の3人も、その話を頷きながら聞いている。この過程も、なんだかリブランディングの一環のよう。
以前は誰か一人が話したあと、残りの二人が釈然としないまま会話を終えることも多かった。そこに矢島さんのワンクッションが入ったり、ビジョンやミッションなどの共通言語が増えたりしたことで、コミュニケーションのずれはかなり減ってきているという。
「リブランディングは、仲間づくりなんです。灯す屋さんみたいな団体が各地にあったら、やさしい人ももっと増えていくだろうなと思っていて。わたしたちとしても、“美しい社会で生きたい”という目標に向かってご一緒させていただいていると感じています」
やさしさって?
話を聞いていくなかで、たびたび登場する「やさしい」という言葉。
人によって解釈も違えば、その表現方法もさまざまなものだと思う。
矢島さんにとって、「やさしさ」ってなんでしょう?
「少し引いて周りを見れることや、自分と異なる存在に対して想像力を持って、思いを馳せること。一言で言うと、余白を持つことかなと思っています」
やさしさは、余白。
「息子を連れてまちを歩いていると、まだ赤ちゃんなので、いきなり大きな声が出たりするんですよね。そのときに、笑顔で接してくださる方もいれば、うるさいな!って怒鳴る方もいます。その違いは何かというと、心に余白があるかないかだと思うんです」
たとえ不機嫌なときでも、不機嫌さを自覚してそこにいるのか、周囲に撒き散らすのかでは、大きな違いがある。自分も子どもだったことを思い返して、喉から出かかった言葉を引っ込めたりできるのも、余白があってこそ。
では、どうしたら余白を持てるのか? 「伝統」は、その答えの一つにもなり得るんじゃないかと矢島さんは言う。
「たとえば、緊張感に満ちたハードな1日のなかで、ふとお香のかおりで緩む瞬間とか。余白づくりの一つに、日本の伝統はとても有効だと思います。自分をゴキゲンに保つ努力や工夫ができる人が増えたら、自ずとゴキゲンな社会になっていくんじゃないかと思っています」
職人の手で仕上げられた、滑らかな器の肌触り。ふわりと包み込まれるような、衣類のやわらかさ。
割れてしまった器でさえも、金継ぎの技術を用いれば、再び命を吹き込むことができる。
やさしくあるために、意識的に自分をコントロールすることも大切。と同時に、伝統的につくられたものは、触れたり使ったりすることで、無意識のレベルでわたしたちのやさしさを支えてくれているのかもしれない。
引き継ぐから、ずっと未来がある
創業からもうすぐ12年を迎える、和える。
その成長を、矢島さんは人になぞらえ、見守ってきた。「和えるくん」が20歳になる8年後には、母親としての社長の役職は引退して、おばあちゃんとして相談役になると決めているそう。
「20代の人に社長を譲りたいなと思っているんです。次世代の若い感性で、どんなふうに伝統と今を和えていくのか。身近なおばあちゃんとして見守りつつ、お役に立てることがあれば喜んでという、そんな未来の在り方を目指しています。できれば、和えるくんのひいおばあちゃんぐらいまでいきたいですね」
灯す屋の代表の佐々木さんも、組織の立ち上げ当初から引退することについて考えていたという。
経営者になったことはないから、想像でしかないけれど、若い人にバトンを渡すのは楽しみでもありつつ、ドキドキもしますよね。
「引き継ぐことで、ずっと未来のある会社になりますよね。社長の終わりが組織の終わりじゃなくなる。『和えるを継ぎたい』という方がが出てきたときにきれいに継げるように、自分の引退までのあいだに、できる限り豊かに成長させていきたいなと思っています」
終始、おだやかに話を聞かせてくれた矢島さん。
直接的な売上アップを目指さないリブランディングの姿勢や、やさしさを広げていくという考え方は、ともすれば綺麗事に聞こえてしまうこともある。依頼をする会社の視点で考えてみても、わかりやすく、短期的な効果があるとは限らないから、ある意味不安も伴うチャレンジだと思う。
それでもなお、やってみたいと思えるのは、矢島さんたちの描く未来への共感があってこそなんだろうな。
最後に、あらためて。矢島さんにとってのおもしろい未来って、どんな未来ですか?
「ちょっと先の世代のことも考えつつ、ワクワクしている大人がたくさんいる未来、ですかね。今の自分が楽しいだけでも違う、でも誰かのために動きすぎても、ちょっと偽善っぽい。視線は先に向けながら、自分自身が心の底から楽しんでいる大人が増える、そんな塩梅の未来だとわたしは楽しいだろうなと思います」
聞き手・文章:中川 晃輔
11月20日に矢島里佳さんをゲストにお迎えしたトークイベントが開催されます。
以下イベント概要です。この機会をお見逃しなく!
クリエイティブWEBマガジン『灯すラボ』リリース記念トークイベント
和える×灯す屋「有田のまちを次世代につなぐ」 in うちやま百貨店
「おもしろい未来を、つくろう。」を合言葉に、始動したプロジェクト「灯すラボ」。
このトークイベントの第一部では、灯すラボとは一体何なのか、これから何をやっていくのか、今回は灯す屋がお世話になっている株式会社和えるの代表取締役 矢島里佳さんをゲストにお呼びして、灯すラボについて、おもしろい未来についてトークしていきます。
そして第二部では、有田でおもしろい未来を描いているのは灯す屋だけじゃない!有田で働き、暮らしている「有田人」ゲスト3名を迎え、矢島さん×有田人 の組合せでそれぞれが考えるおもしろい未来についてトークセッションを行います。
「どんなことがおもしろい?」「未来の有田ってみんなどう考えてる?」
それぞれが思い描いているおもしろい未来を、みんなで共有し、想像してみたいと思います。
ご参加お待ちしております!
▽プログラム
・18時30分~ 会場
・18時45分~19時30分【第1部】和える × 灯す屋
「有田のおもしろい未来を描く」
・19時45分~20時45分【第2部】和える × 有田人
「おもしろい未来を共有し次世代につなぐ」
矢島里佳(和える)のプロフィール
職人と伝統の魅力に惹かれ19歳の頃から全国を回り、大学時代に日本の伝統文化・産業の情報発信を開始。「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いから、2011年、株式会社和えるを創業。翌年、幼少期から職人の手仕事に触れられる環境を創出すべく、“0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げ、日本全国の職人と共にオリジナル商品を生み出し続けている。その後も日本の伝統や先人の智慧を、暮らしの中で活かしながら次世代につなぐためにさまざまな事業を展開中。