2023.03.10

あなたの色、私の色、重なり合って世界を彩る。あなたらしさに寄り添うデザイナー【岩楯 愛久美】

クリエイティブ 岩楯 愛久美(イロハピデザイン)
あなたの色、私の色、重なり合って世界を彩る。あなたらしさに寄り添うデザイナー【岩楯 愛久美】

顔色、声色、七色、十人十色など、“色”にまつわる言葉はいろいろ。

多様な個性を表す言葉に使われる“色”の無限に広がる可能性を信じて、想いを形にするデザイナー岩楯 愛久美(いわたて めぐみ)さんにお話をうかがいました。

幼い頃から絵が好きだった愛久美さんは、子育て環境を見直すために地元の伊万里市にUターンした後、デザインの仕事やこども向けのアート教室など、着々とキャリアを積んできました。最近では絵の個展を開催するなど活動の幅も広げられています。

意外にもその原動力は気持ちを外に出すことが苦手だったというこどもの頃の思い出にあるのだとか。「私がの心とつながるためのアートだけど、誰かのとつながるものであってもいい」自己表現することで誰かと心がつながるワクワクを感じて欲しくて、“色”を引き出すために試行錯誤する真っ直ぐな想いがみえてきました。

 

楽しんでなんでも挑戦していたら自分の色が出てきた

- 東京から伊万里市にUターンする時に将来への不安はありませんでしたか?

これからの仕事のことを考えると不安はやっぱりありました。でも実際は地元に戻ってきた時に、高校の同級生でもあるカフェのオーナーから「イベントのポスターとマップを作ってくれん?」っていう依頼が来て。デザインの仕事をそんなにしたことがなかったけど、楽しそうだからやってみようと思ってさせてもらったんですね。そしたらそのポスターを見た人が「あそこにデザイナーがおるぞ」って私を知ってくれて、依頼をしてくださる方が増えたんです。その後は新しいお仕事をすると口コミでまた別の方から依頼をいただいて、気がついたらデザインのお仕事をぽつぽつといただけるようになっていきました。

そもそも佐賀県にはデザイナーの数が少なかったのか、ありがたいことにデザインだったら何でもできると思われて様々な依頼をしていただいて、もうそれにひたすら答えていきました。水墨画を描いてくれって言われてやったことがないのに描いたこともあります。そうやって幅広く仕事をしていると自分の得意分野が少しわかってきて、自分のエッセンスをちょっとずつデザインに乗せられるようになりました。そして、私が大事にしている「色」を使って表現するという方向に少しずつ向かっていきました。

- なぜ、色にこだわるのでしょうか?

大好きなんです。色が。それはなんでだろう。絵を描いていると色が伝えてくれる言葉があって。「そうだったんだね、こういう気持ちだったんだね」みたいに、絵を見ながら自分の気持ちを確かめる会話をしている感じ。色が「なんでもいいんだよ、どんな気持ちでもどんな色でもいいんだよ。」って様々な感情を受け止めてくれます。明るい色は楽しくなったり、混ぜると深みが増したり、どれも美しくて色というものから深い愛を感じますね。色は混ぜれば混ぜるほど、どこまでも表現が無限に広がっていくから好きなんだと思います。

 

一番大切な想いは何か、繰り返し相手の言葉を思い出しながら抽出する

- デザインのアイディアはどのように考えるんですか?

まずは依頼者の方とお話ししたことを受けて、私のなかで出てきたキーワードを落書きみたいに何枚も何枚も書きます。結局一番大事なことはなんだろうって、お話ししたことを頭に浮かべながら根っこの大切な想いや、その人やその物らしさについて考えていきます。デザインはそういうものを拾っていく作業ですね。作業を重ねていくなかで、想いを最大限に表現できる色を選んでいきます。

灯すラボのロゴデザインを作らせていただいたんですが、その時はすごく悩みました。佐々木さんがとても熱い想いを持っていらっしゃって、打ち合わせで2〜3時間くらいお話ししてくださったんですね。その時に佐々木さんが繰り返し仰っていたのが、灯すラボの理念である「クリエーションサイクル」の図のこと。その「出会う、 考える、 試す、おひろめする」の図を見た時にとてもワクワクして、私も今までの概念を取っ払って試してみようと思いました。いつもロゴデザインを考える時は見てわかりやすいものにするんですが、灯すラボのロゴの場合は「わからなくてもいい」って思いました。実は今回、色を一切使っていないんです。「らしさ」を表すことがロゴデザインで大切だけど、灯すラボは色々な人が参加していく形だから、それぞれに色を想像して欲しくて、あえてモノクロにしました。難しかったけどとても楽しかったし、私としては一歩成長できたお仕事だったと感じています。

 

こどもから教わったありのままの気持ちを認める大切さ

- こども向けのアート教室やこどもの居場所づくりなど、仕事以外にも積極的に活動を広げられていますが、どんな想いでされているのでしょうか?

まずは伊万里に戻ってきた時にアート教室を開きました。東京で娘がアート教室に通っていたのですが、伊万里には無かったので自分でやろうと思ったんです。最初はみんなが静かに部屋で絵を描いてそれを楽しむというイメージで始めたんですが、ある日教室に来たこどもが「ぼく、今日その絵、描きたくない」って言ったんですよ。とてもびっくりしました。親御さんたちは絵が上手になることを求めてこどもを通わせているけど、目の前で「違う、僕は今日ポケモンカードが作りたい」って真剣に何枚も作るんです。その姿を見ていると、やりたくない気持ちも他のことをやりたい気持ちもめっちゃ大事やんって思って。描きたくない気持ちを抑えて描くって表現でもなんでもないと思うようになりました。そこからこども達が自分の好きなことをできるようにすると、親御さんたちも理解してくれて、「自由にできる場所があってよかったです」って言ってくれたんです。「それでいいんだ」と思いました。こども達は日によって気持ちが変わるし、その気持ちを尊重することの大切さをこども達から教わりました。

私は絵を上手に描く技法を教えたいんじゃなくて、こども達がありのままの気持ちを外に出せる場を作りたかったんだと気づきました。そんな時に「このびば」に出会って。このびばは、こども達がのびのびと成長できる場を整える活動をしていて、その一環で自然の中でこども達が自由に遊ぶ機会をつくっています。関わる大人はそれぞれに得意なことや色々な意見を持っていて面白いんです。今までは私一人だったので活動範囲が限られていたけど、ここだったら様々な出会いや経験ができて、活動や表現の幅が広がるから良いなと思いました。だから今はアート教室をお休みして、このびばに参加して、こどもがアートに興味を持った時に私がアートおばちゃんとしてそこにいるのが良いなと思っています

 

自分の気持ちとつながるための絵が、誰かの気持ちとつながっていく

- 1月から開催された絵の個展は、デザインのお仕事やこどものための活動とは少し違う感じがしました。

そうですね。個展の絵は感情が湧いてきた時にその気持ちを乗せるというか、自分の気持ちを晒すような、丸裸の私そのものがいるという感じです。

少し前に、絵を描き続けたくて絵本のコンペに作品を出したんです。でもその時に、話に合わせて絵を描くということがとてもキツく感じて。その後アート教室で子どもたちが帰って静かになった部屋で、私も色遊びをしようと思いました。何も考えず白い紙に手で絵の具を塗りたくった時に「わぁっ」っと感情が燃えたんですよ。心の奥底から「表現をしたい」という気持ちが湧いてきて、これをやりたかったんだと気づいてからたまに絵を描くようになりました。子どもたちが純粋な気持ちで絵に向かう姿を見て影響されたということもあると思います。心の赴くままに手を動かす、描く行為そのものが尊いと感じました。

そうやって誰にも見せないつもりで描いていたんですが、「みんなに見せた方がいいよ」と言ってくれる友達がいて、それで覚悟を決めて個展をすることにしました。

- 周りの方からはどんな反応がありましたか?

やってみて大きな気づきだったのは、色というものを通して私自身と作品を見ている人の心がつながって会話をしているということでした。思わず感情があふれて涙する方や心が癒されたとおっしゃる方がいて、私が絵を描いて心が救われるように作品を見る人も同じ感覚を味わっているような感じです。私自身がよく思われたいとか、そういうことを取っ払って絵に向き合ったのが良かったのかもしれません。

- では、絵とデザインは別のものという感じでしょうか?

いや、むしろ絵とデザインは繋がるんだということに気づきました。ちょうど、絵を描いて生きていきたいという思いが強くなっている時に来たデザインのお仕事があって。今まではデジタルでデザインしていたものを、あえて手描きの絵で表現して提案してみたんです。そしたら「予想を超えてきてくれて嬉しい」ってすごく喜んでくださって。その後もお酒のボトルのデザインを絵で提案したら、それも「これでいきましょう」って言ってくださいました。だから、私がの心とつながるためのアートだけど、誰かのとつながるものであってもいいんだと思いました。そんな風に絵で表現することが心地良いと感じたので、これからはお仕事でも自分らしい表現方法としてなるべく絵を活かしていきたいと思っています。個展をするなかで絵のオーダーもいただきました。じっくりお話をして私がその人から感じる色とか形や姿を一枚の絵にするというものですが、デザインを考える時と一緒ですよね。

 

こども達が遠慮せずに気持ちをありのままに表現できる場をつくりたい

- 小さい頃から絵は好きでしたか?

好きでしたね。なんで絵が好きなんだろうって考えていたら思い出したことがありました。父は私がテストで良い点をとってもあまり褒めてくれない人だったんですが、私が描いた絵をリビングに飾ってくれたことがあって。しかもわざわざ額も買ってきて。それがすごく嬉しかったのを覚えています。それも絵を描くことが好きになったきっかけの一つかもしれません。

私は小さい頃から人見知りでなかなか友達ができなかったんですけど、休み時間に絵を描いてると声をかけてくれる子がいて、その子と仲良くなれました。やっぱり絵を通して人とつながってきたというのは記憶にあります。個展でも、絵を通して来てくれた人たちとお喋りしているので、私は色を通してだったら気持ちを伝えやすいのかもしれません。

- こどもに向けた活動を活発にされていますが、こどもの頃の思い出と関係があるんでしょうか?

私は父に育てられたんです。父は夜も仕事をしていたので私が親に甘えた記憶があんまりありません。そのせいか私は自分の気持ちを外に出せず、意見を言うとか言葉で気持ちを表現することが苦手だったんです。だからアトリエ教室に来たこどもの「ぼく、今日その絵描きたくない」っていう言葉が気になって、そのままの気持ちを受け止めたいと思ったのかもしれません。こどもたちがありのままの気持ちを表現できる場を作りたいんです。

 

みんな一緒じゃなくて良い。自分の色を大切にしてほしい

- 愛久美さんにとってのおもしろい未来はどんなものでしょうか?

色々なことを気にして素直な気持ちを抑えていると、自分という色が曇って分からなくなっていくと思うんです。そうじゃなくて、自分の好きなものや得意なものを発揮できた時に、その人らしい色としてキラキラ輝くんじゃないかな。そしたら、他の人の色と自分の色が重なってまた新しい色が広がって、そんな世界が素敵だなと思います。「好きなものがあるけど」とか「◯◯してみたいけど」と思いながらできない人が周りにもたくさんいます。みんな一緒じゃなくていいから、それぞれが好きなことに向かって進んでいけたらもっともっと楽しくなりそうですね。

みんな自分の色を大切にしてみたらいいと思うんです。

 

インタビューを終えて、愛久美さんといえばどんな色だろうと想像してみました。こども達のことを語る時の表情は春のような桜色、周りの人に注ぐ愛情はひだまりのような黄色、真っ直ぐにものごとを見つめる眼差しは透き通った水色。一色では語れないおもしろさがあります。

最近ではSNSなどで個性を表現しやすくなった反面、強い個性を目の当たりにすると急に自信がなくなって、自分らしさの迷子になる時があります。そんな時に、色のように個性は無限大にある、あなたは美しいよと、見える形にして教えてくれる愛久美さんの絵やデザインは、新しい一歩を踏み出す時の応援団やお守りのような心強い存在だなと思いました。

どんな色も美しい。この灯すラボに集う研究員も十人十色。たくさんの色が集まり時には混ざり合いながら変化していく。そんな鮮やかな世界を想像してワクワクします。

灯すラボはおもしろさを追求する人たちが集う場所です。自分が面白いと思うものを信じるあなたの色を見つけてみませんか?

 

聞き手・文章:久野 裕子
写真:野田 尚之

岩楯 愛久美(イロハピデザイン)のプロフィール

アートコミュニケーションデザイナー。
「表現することは生きること」を指針に様々な表現活動を展開中。
“イロハピデザイン”にて企業ロゴや広告のデザイン制作を行う傍、子どもたちがありのままに表現できる場づくり“このびば”の運営に携わる。2023年より、心と色をつなぐアーティスト“waco”としても活動を開始した。